5.03 安曇野は林檎の花盛り

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2008.5.31(土)

長男次女とも朝帰り、なんちゅううちなんだこの家は、というか自由にやってますなというか。

富士屋さんから依頼された壁の直しの見積りを作って現地で打合せ。

竹虫被害の直しの方針もついでに相談して帰宅、こちらは建設会社依頼だが、どうもこの建設会社こうゆう仕事は得意でなく大工さん任せにしちゃうんで心配になってしまう。

とりあえず建設会社には段取りを伝えて見積り作業に入ってもらうように手配はすませた。

Y邸の見積りと図面作業も大ずめ、打合せの段取りをしようとしたら東京からお帰りが6月10日過ぎだとか、まあしかたがない。

2008.5.30(金)

Y邸の見積りまとめ、概算を超えてしまった、どないすんじゃ。

最近

加子母に住まれてマクロな生活を模索しておられるmasanさんのブログを読ませてもらっている、この加子母は高校生時代の友達の故郷、一軒OMソーラーの家を作ったところでもあり懐かしいところだ。

田舎でマクロな生活をするにも税金や健康保険などは町と同じようにかかり、子供の教育費や下手をすると学校までの送迎までも負担が増える。

田舎で経済的にいいところなんてあるんであろうか?と同じく田舎で生活している私には懐疑的な??肯定したいのだが現実は?と思ってしまう。とは言え都会の満員電車やあマンション暮らしなど死んでもしたくないのも事実であるし、まあ贅沢といえばそうなのかもしれない。

昔設計事務所でサラリーマンしていたころ、会社にコンサルなるものが入って、部長・課長・係長なる縦社会ができた、毎朝順番に何か言えとかで皆同じようなことをしゃべっていた。

それから一月、あほらしいことなどいつまでもやってられんので会社にさいならした。

しかしながら従業員を雇い100%の力を発揮してもらい、それを長く続けるというのはとんでもなく大変なことなのだということも今は理解できる。

話がそれた、進学の学校出て先生や塾の先生になるのは逃げで前線で働け、というのが私のスタンス、ついでに言えば役人になるのも逃げで出来る奴は税金で暮らさず前線で働けと思う、稼げということだ。

田舎でマクロな生活をするための糧にレストランやマクロ生活のアピールしていても田舎と直に向き合っているんではないのとちゃう?というのがどうしても疑問として吹っ切れなく残ってしまう。

でもなあ、がんばってほしいと思う、この辺でもいろいろ人は出てくるんだが続かないのだ。

2008.5.29(木)

今日は雨、雨の日は現場の動きが鈍くなるので電話も少なく雨音を聞きながら事務所作業に没頭できる。

と思っていたら、朝からガンガン電話ばっかし、安曇野の照明をそろそろつけ始めたいとのことで早速照明器具の最終チェック....これがまた難儀....15時くらいまでかかってまとめてファックス。

やっとY邸の見積り作業の続き,と思いきや知立からブロック工事の施工図送れとのこと、早速まとめてファックス。

Y邸のキッチンの検討も施主の説得にまだ時間がかかりそうだな。

なんかますますぐちゃぐちゃになってきたぞ......////

2008.5.28(水)

朝子供を送りそのまま各務原の現場で水道屋さんと打合せ、帰宅してからY邸のキッチン検討、どうもクライアントは現状がわかっていないな。

竹虫関係の情報集め、今度は専門家の皆安の社長さんに電話で聞く。

まず即効性の高いのはシロアリの薬に灯油を混ぜたものを割れた部分に注入することらしい、灯油を入れないと染みていかないので効かないらしい。

あとは薬剤処理をした竹と交換だな、この処理もやってくれるそうだ。

ちなみに安曇野の家にはこの店から小舞竹を買って行ったが、薬剤処理済みで心配はいらないそうだ。

さてそろそろ方針を決めてまとめなくては......。

Y邸の見積り作業もいそがねば.....。

2008.5.27(火)

昼頃、御嵩の富士屋さんで客に壊された壁の直しと他の直しの打合せ、天井の竹の虫害の状況を確認。

6年経ったこの店の外壁の土がいい感じであった、ようやく時間が見え出したかな。

昔は新築時の土の色が好きであったが、今ではそれがきつい色気に感じられる、克服しなければならなかった経年変化の壁が消えた気がした。

さて

インターネットで調べると虫は竹の糖分とデンプンを食べているようだ、5月に伐採された竹と11月の竹では糖分はあまり変わらないがデンプンは11月の方はかなり少なくなる。

実験では11月の竹の食害はかなり少ない、竹の伐採時期が秋から2月までという話の根拠はこうゆうことらしい。

夕方からY邸の見積りのために左官屋さんとY邸へ出かける。

Y邸の基礎工事は洞戸の業者さんに依頼するつもりであったが、見積りが高く断念。

事故でリハビリをしていた廃業も視野に入っていた七宗のMさんに電話をしたら、近いのでやってみるかという話になり、見積りも概算ドンピシャなので復活とあいなった、もう入院するなよ,3回目はやばいぜ。

夜知立の基礎屋さんへ送るよう壁の施工図描き。

2008.5.26(月)

子供の送りのついでに関金物さんで埋込用のレールを受け取り、刻み小屋で棟梁と上棟の打合せ。

どうも基礎の工程が遅れ気味なので6/7,8の予定を一週間ずらすことにした。

どんどん梅雨時期に重なって心配が大きくなっていく、庇があって勾配屋根ならそれほど心配もないが,フラットルーフの庇無しなので頭が重い。

竹虫関係の情報探し、御嵩の焼肉屋さんの天井に入ったチビタケナガシンクイという虫の情報だ。

こちらも頭が痛い。

2008.5.25(日)

今日も6時から始めて15時予定部分の作業終了、私の壁塗り手伝いもここまでだ、自分の仕事がまだまだある。

こんどはキッチン廻りの大工工事を始めるが17時までに床板を少し張っただけで終わってしまった。

木曽街道を走って21時過ぎ帰宅。

2008.5.24(土)

6時から17時までひたすら中塗り作業。

現場宿二泊目。

2008.5.23(金)

安曇野の現場に9時半に到着して早速、中塗りを始めようとすると、左官屋さん明日から外壁の仕上げにかかりたいとのこと。

しかしながら柱梁のちりの部分のウッドロングエコがまだちゃんと塗れていないのだ、明日から雨模様とのことなので月曜からにしてもらい一日塗装工事。

現場宿。

2008.5.22(木)

知立の現場で基礎の鉄筋、仕様などのチェック。

帰宅してからY邸へ出かけ、基礎屋さん電気屋さんと見積りの打合せ。

2008.5.21(水)

朝いち水道屋さん共々O邸打合せ、お父さんの心配症はどんどんひどくなっている、解体時がピークであろう、途中何かなければいいが。

ずうっと知立の開口の納まりの検討が続く、夕方16時終了、発注。検討している間にコンクリート工事指示ミス発覚....ハツリは俺か......ガク.

Y邸の図面を急がねば......。

2008.5.20(火)

朝からY邸打合せ準備、13時過ぎから食事をしながら打合せ、一旦消えた薪ストーブが復活....んん〜〜〜ん...どうしよう。

知立のサッシュ発注のまとめ、むつかしいったりゃありゃしない、まだまだ検討が足らない。

2008.5.19(月)

高校生送りの後、各務原O邸で打合せ、帰宅してから明日の美山Y邸打合せの準備。

2008.5.18(日)

早朝神社掃除、8時ころから知立へ出かけIさん御夫婦と打合せ、16時帰宅。

2008.5.17(土)

きざみ小屋で知立の造作材の打合せ、一旦犬山へ材木を調達に出かけ、午後からサッシュ関係の打合せ。

2008.5.16(金)

知立の各部屋のまとめ続き、延々終日、まだ1/3くらい。

2008.5.15(木)

長男体調くずして午前中ダウン、昼から送り。

終日事務所作業続く。

知立の造作材のまとめとインテリアなどのまとめを始める。

2008.5.14(水)

午前中美山の現場へ水道屋さんを案内して現地調査、なんとか計画内容でいけそうだ。

ここのおばあさん民宿の経営から議員までやってたそうだ、さらにニジマス・アマゴ・鯉・鮎の養殖も....なんかあるなこのつながりは。

午後からは事務所でライティングで悩む、水道の図面(簡単なものだが)は悩まないが電気照明はちっとも進まない。

夕方江川さんから電話があって、この近くの80過ぎの大工さんが店をたたみので木材料を安く出すので見に行かない?とのこと。

早速出向いて栗・桜材の山を2万で買った、まだ秋田杉・けやきもある、座敷の役ものは波多野さんと見に来ないとわからんな、いい出会いだ助かる、さらに米60キロ1万5千円也。

2008.5.13(火)

高校生は球技大会とかでチャリ2台積み込んで早めの送り、次男は少年自然の家で一泊だとか。

昨日の鍵騒動も鍵見つからずで近くの車屋さんに聞いたところキーシリンダーの番号がわかれば作れるとのことで早速来てもらい車のドアのパネルを外して番号を調べてもらった。

結局夕方5時過ぎにはもう新しい鍵が到着,5千円くらいか....助かった。

一日事務所作業。

2008.5.12(月)

各務原の家の隣地側の地主を訪ねて境界部分についてのお願いをしてきた。

クライアント側の擁壁の外にU字溝が設置してあるんで隣も埋めるわけにもいかず谷のような形状ですこぶる調子が悪い。U字溝は廃棄にして埋設配管とし、土木屋さんの隣地の方に埋め戻してもらおうという話だ。

隣地の方も草ぼうぼうのことを気にしておられこころよく了解していただいた。

朝からなんじゃかんじゃで帰宅したのが15時、事務所作業していると中国で7.8の地震のニュース。建物の構造がいい加減だろうから、かなりの人がなくなるだろう。

夕方からカミサンの車の鍵が無いとかで大騒ぎ,色々起こる。

鍵探しの余波で次男の塾の送り迎え、ガソリン代が高いので2時間本屋で立ち読み。

住宅建築の三澤さんの木造の話を読んだ、地域の林業をどう活性化させるかを含めて視点はかなり大きい。

ただプレカットでDボルトにJパネルでは地場の仕事としては正直おもしろくないのだ。

プレカットはプレカット屋、Jパネルは鳥取のメーカーだもんな、木造はもう少しスローであった方がいい、とは言え自分にはそれに対抗できるものがまだない。(くそ〜〜〜)

2008.5.11(日)

5時くらいから今日の打合せの準備などなど、10時一宮のヒロシマさんに紹介していただいた阿曽さん来所。

美山の内容を説明してとりあえず工事を受けるかどうかの打診だな、その後現場へ案内して状況を見てもらった。昔民宿をやっておられたので隣に大広間のある建物もある、泊まり込んで夜な夜なトンちゃんと酒盛り....まあ金があればの話だが。///

午後から図面作業続き......。

知立とこの物件をやりながらそして我が家を改めて見ながら考え続けて、一つ方針が生まれた。

木の構造を現す仕事は構造主体でないとダメ、中途半端になってしまう。

構造主体でいけないと判断した時点で人間の都合のデザインへ方向を変える。

妥協かもしれないが家の寿命が家主に左右されることを考えればしかたがない。

20年前の状況に戻ったことになるが、その間に培った知恵はぼんやりにしか見えなかったことがらを顕微鏡で見るくらいはっきり見えるくらいの差となって今の自分にある。

知識でなく知恵なのだ、全て体験を通して選択して歩んで来たことがらばかり。

我が家は1.5間のグリッドと0.75間のグリッドで構成され、家族の意見は無視で出来上がった。

リズム・構成・テクスチャー、知り合いのTさんに大江健三郎の極意を教えてもらう前だが構造の支配は心地よい音楽のようにリズミカルな波動を呼ぶ、大きな開口はガラスと壁の構成のバランスを安定させ、土のテクスチャーの刺激はより緑と呼応して場を感じさせる。

同じようにずっとやってきたつもりであったが、決定的に構造は途中又ははなから主役から脇役となった、優先すべき順位の一位に構造を置くのはクライアントとの共同作業である住居においてはまず無理であろう。

そういや村野藤吾は最初から構造でいくものと意匠優先のものと最初からはっきり決めてかかっていたそうだ。

今年の仕事はいい転換点になるかもしれない、新たな知力を得るためにがんばらねば......だ。///

2008.5.10(土)

今日は雨、時間がずれて学校がある高校生を2回別々に送り、事務所にこもって終日図面作業。

アメリカはドルを刷りまくってその増は30%にもなるそうだ、これで暴落にならずってのがよくわからん。

9,11と同じでメディヤともども皆で大嘘こいてだまくらそうって魂胆なんだろうか、金融や経済なんて内海と外海にわけて外海は殺し合いや泥棒なんでもありでやりたい野郎ですきなだけやってもらって,内海だけは別にしてもらえばいいのんちゃうやろか。

外海はメジャー金のやり取りもゼロが何個も違う世界、内海はマイナー質素に贅沢は敵だって世界かな、マイナーで凄腕になったらメジャーでどうぞ、メジャーで死にそうになったらマイナーで貧乏生活だ。貧乏生活ったってステーキがないだけでご飯とみそ汁はある、価値観が違うだけだ。

又鳥インフルエンザが撒かれたみたいだな、のしつけて送った連中に返してやりゃいいのに、しかし しつこいやろうどもだ有色人種向けのインフルエンザが突然変異して逆になったらなんて考えないんかしら、エイズも同じ...そのうちしっぺがえしがいくで......。////

ちとよっぱらった。

2008.5.09(金)

8時過ぎ知立の現場へ出かける。10時半に着いて基礎屋さんと打ち合わせ。

今回打ち放し部分以外にはJAS規格のコンクリート用合板を使ったのだがシラタのベニヤを使うと表面の糖分があるとかでそれが悪さをして2〜3ミリほどが粉状になって硬化していない。

あちこちの現場で問題になっているそうだ、表面をこするとセメントは粉になって取れ洗い出し状になる。表面だけのことだけで内部の強度には問題ないそうだが、変な話だな。

二回目以降は問題はなくなり、初回のみ、シラタだけで赤味の方は問題ない、樹種の問題だと思う。世界中の南洋材を使いまくってもう安いのはこうゆう問題ありきの樹しか残っていないんだろう。

JASなんてのも国土交通省の天下りがやってんだろうが、そのうちテレビにでるんじゃないか?。

打合せを終えて床の色見本をもってIさんの仕事場へ出向き少し打ち合わせをして15時帰宅。

遅い昼食をすませて事務所作業。

2008.5.08(木)

朝一で各務原の仮設工事現場へ古い建具をもって出かける。又間取り変更、建具も一枚無し、まあなんでもいいいから安くクライアントがOKならいいって感じだ。

余り材を倉庫へ運びこんだらユキちゃんが花台を頼まれたとかで作業をしていた。

洞戸の仕事も終わったそうだが次の仕事が無いそうだ、また又プータローかいな?

午後からは事務所作業.......疲れがでてきた.....21時酒無しでバタンキュー。

明日は知立へいかねば

2008.5.07(水)

連休開けでボルテージの上がらないガキどもを送ってから、美山の江川製材へ知立の天井材加工の件で出かける。

昨年から杉板材の産地である美山は杉板が売れず廃業がでているそうだ、江川さんも仕事が無く大変みたいだ、住宅不況がもろにきている。

今回知立の家で使う天井の杉板は白いインテリアに白いながらも違う質感を欲しいと思って、一寸幅くらいに裏板反り止め用の溝を表に加工してもらう話で色々試行錯誤している。

サンプルは4本溝であったが端が2ミリ太く同じ寸法ではないので同寸法にするように依頼してかえってきたが、電話があってそれが出来ないという、現場で話しないと無理かなと再度出向いた。

板の加工は江川さんの息子さんの仕事、加工は5ミリ単位でしかできないそうだ、ならば端を2ミリ落とせばOKじゃない?........結果うまくいった。

あとは塗装と張り方だな、90センチの市松、斜めの市松パターン、洋に和のエッセンス....手間がかかる事は間違いない。

このあと各務原の仮住まいの現場で打合せをして七宗町の材木屋さんへ材木を探しに出かけた。

美山の増改のメインの棟梁材と6角柱材の安くて乾燥したのを探しにだ、高いのはお大臣の家にしてもらって我々は少々割れがあろうとかまわない、値打ちで個性のある材が欲しい。

梁材は乾燥材の8.6メートル元は40センチ角割れあり材だが25万だとか、6角柱尺一寸4メートル8万合わせて30万?とか話ながらあと4.5の5寸6メートル材10万/立米登り梁にもってこいだが半分の3メートルに落とすのは木に申し訳ないなと.....弱った。

帰宅して高校の娘が遅いので迎えメールしたがもう近くとのことで安心してビールを買いに出かけた。

そしたら500メートルほど離れた食堂の近辺で胸をつかまれたと帰ってきた、早速警察を呼んで警戒態勢をとってもらうことに。

化粧してミニスカート10キロほどの田んぼの暗い通学路、この子は小学生のころに声掛けられ事件で警察にきてもらったことがある。

恐いもの知らずなこの娘にとって大きな事件に巻き込まれない警告と考えれるかどうかだな。

2008.5.06(火)

連休最終日、半分今日は休み休みと思いながら事務所でパソコンに向う。

疲れて庭で草むしりいやアゲハの幼虫取りをしていると、庭に置いた流木から羽アリが出ている、地面に直接置くとすぐこれだ。この五月晴れの雨の次の日の気持ちいい日にいつも羽アリが出てくる。

昔住んでいた各務原のシロアリの巣のような廃屋改装住宅で3カ所くらいから羽アリが何万何億か?出て来た時の背筋がゾクっとする感じが今でも甦る。

あれからシロアリにどう対処すればよいかよ〜〜〜く勉強させてもらった。

シロアリにとって住みずら〜〜〜〜い環境、食事をして巣に運ぶのにサハラ砂漠なみの乾いた大地を横断しないと巣に帰れない環境をつくるだけの簡単なことなのだ。

人間にとって数メートルいや数十センチの乾いたコンクリートの上でもシロアリは土でトンネルをつくらないと移動できない可哀想なゴキブリ科の昆虫なのに、あほな人間は人間さえも殺してしまう薬を撒いて金使って満足している。

夕方犬の散歩道が草でどんどん道幅が狭くなっているんでエンジン草刈り機で草刈り、しかし草刈りももうガソリン使って機械でないとやる気もおこらないとはな〜〜〜〜〜.。

よわったもんだ。

2008.5.05(月)

今日も試合の長男をメモリアルまで送り、今日は事務所作業。

連休明けはどどっと現場が動くからあれこれ準備も考えておかねばならない。

ホームページもそろそろリニューアルしなくてはと思うが本を読みながらの試行錯誤になることなるんでこれまた及び腰になってしまうのだ。

事務所の打合せスペースも作らねばならないし、やそもそも事務所自体が工事途中なのだからやんなっちゃう。途中引越というのは先送りするだけ....なかなかその後ができないのだ。

ここんとこの新聞テレビのニュースも何か狂っているようなのばっかし、プラザ合意からバブルになってどんどんおかしくなってきたような気がするがその前ははたしてまともであったのだろうか?

2008.5.04(日)

朝5時半長男メモリアルで陸上の試合で近くのスーパーまで送り、後輩の親御さんが連れて行ってくれるとか。

7時から町内のドブ掃除、1時間ほどの作業だが安曇野の左官作業で両腕は筋肉痛なのだ。

午前中はダウン、午後から事務所作業を始めるがそろそろ家の廻りもきれいにしなくてはと、放ったらかしにしてあった薪を挽き割って積み掃除をしてから駐車場に借りてある場所の草刈りを6時頃まで1時間半くらいかかって済ませた。年に3回ほどしなくてはならない100坪ほどかな。

2008.5.03(土)

4時に起きて朝食、5時ころからの景色の移り変わりをぼーっと見ていた。朝日に照らし出された北アルプスは刻々と表情を変える。

することもないので6時作業開始。8時過ぎ左官屋さん登場。

11時ころ岐阜の水道屋さんが白骨温泉へ行く途中この現場に寄ってくれた。高速はもう渋滞だとか。

16時さすがに疲れた、片付けと掃除をして17時岐阜へ向う。21時半帰宅。

2008.5.02(金)

4時半安曇野へ向けて出発、9時現場着。

2階の高い部分の中塗りをしにきたのだが、足場設置に1時間ほどかかり11時くらいからスタート。

あやともさんは今日はダンプで長野市まで出かけて中塗り土運搬作業。

3時ころクリジャーさんご夫婦がこられて松田さんから中塗りのレクチャーを受けておられた。

クリジャーさんも自宅を新築中なのだが荒壁のままで引っ越されて住みながらの作業を続けておられる。

今日は現場に宿泊。

2008.5.01(木)

昨日に続いて各務原O邸大工さんと打合せ。

またまた間取り変更、どうも施主サイドの迷いに引き回されている感じだ。

2008,04,01〜2008,04,30